2007年08月15日

学び、育つ。

以前、プレゼンをしたと書きましたが、中身について(特に質問された内容について)詳しくは書いてなかったですね。
今回はちょこっと書いてみようかなと思います。

プレゼン内容は大まかに書くと、
・マイコンカーとは
・改良点、それに関する製作品について
・部内、学校としての取り組み、成績について
・今後への課題点、まとめ

というような感じです。
おそらく内容的(私の学校で行った改良点)には、ここを見ていただいている大半の方は既に知っている、もしくは実践済みなことばかりだと思います。なので、その辺については省略。

まとめとして
・わずかな差で全国出場できなかったこと。
・計画通りにいかなくなって、新規製作したマシンでは出場できなかったこと。
・この反省を基に、来年度は更なる改良と努力を行うこと。
・運動部がいろいろな成績を残しているが、それに負けないくらいの活動を展開して、ものづくりの世界を進み続ける(わざと“進みたい”とは言わなかった)ということ。

を言いました。

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質問された内容は、大体はマシンについてのこと。
トレース方法や、ロータリーエンコーダについて、サーボについて、速いマシンとは…等


そして最後の質問
「県大会全体では約30パーセントの完走率で、その中でも私の高校では75パーセントもの完走率を達成することができた。部員の技術レベルの差、やる気の差などは、どのようにして埋めているのか、またどのようなことを行っているのか」

私が一番悩んだ質問です。緊張していて、はっきりとは覚えていないのですが、

・私が1年生の時点で全国大会に出場したことが、前年度部長さんのやる気の炎を点火させたこと。

・昨年は、前年度部長さんを中心に雰囲気の向上とテンションのアップを図ったこと。

・(プレゼン中は言ってないけれども)それにより、ほかの研究クラブ(ものづくり系の部活)に羨ましがられたこと。

・ひたすら明るい部長さんで、技術力はなくとも牽引力は間違いなく私より上だということ。

・その中で私は、1年生の時に行った全国大会の見聞を広めたり、自分が持つ知識や技術力を部員に提供するなどの、技術部門の中心的役割を果たしたこと。

・精神的、技術的両面からの成長が見られたこともあって、部員内の結束や情報交換なども盛んに行われ、先輩後輩といえど友達のような感覚になっていったこと。

・自分のことを犠牲にして、ほかのマシンのハード、ソフト(ソフトは全マシンの土台となるプログラムを作った)をずっと見て、アドバイスや改良を加えたこと。

・独自に1年生用の「技術マニュアル」を製作し、いろいろわかりにくい点が多い電子部品、回路、簡単なハードウェア構造を中心に説明したもの(30数ページ)を製作したこと(現在改定を重ね、1年生全員に配布)

・一昨年度よりかなり活発な活動を展開し、全員のやる気と技術力(ノウハウ)をアップさせることに成功したこと。

・今年度からは、3年生がマニュアルの内容(電子部品、回路関係)や、流れ図、Cプログラミングの基礎を教えていること(1年生の情報科生徒は、既に1年生で学ぶCの知識の大半を学習してしまった。ほかの科の生徒についても、C言語とはどのようなことか、プログラムするとはどのようなことなのかを学習した)


・そして、今挙げたすべての活動内容は、すべて私たち生徒が自発的に行ったものであり、方針や内容について指示されたものは無いということ。



以上のことを発表したような感じがします。一部、発表していなかった内容もあるかもしれないです。


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プレゼンの話を踏まえて、私の考えを書いてみようと思います。
私は、今までの活動を反省しようと思えばいくらでも反省できる点はあるし、所詮生徒の活動ということでまだまだな点もたくさんあると思っています。
ただ、私たちが今まで行ってきたことは、絶対に無駄に放ってないのだなと思います。そう信じます。

先生による、生徒への介入も、何処までがよくて何処からが悪いかということもいろいろ議論なされているようです。
私の顧問は、普段の活動に積極的に口を出したり、方針を細かに決定するようなことはしていません。普段の活動のアドバイスを主にしてもらっています。
それは、私が1人で活動をしていたことがある時期からでした。
確か前に、1年生のときの夏休みは、基盤の不具合を修正するのですべて使い果たしてしまったと書いた気がします。そのときは、先生は少し「ここが怪しいんじゃないか」とかをアドバイスした程度でした。そのときに「自分で原因を追究して、答えを見つけ出すこと」を学びました。
先生は、“そうなること”を狙っていたらしいです。

1回でも、困難な状況から答えを導き出すことができたなら、その後の困難も脱出できるという自信とやる気を持てるようになります。それが今の私につながってるんじゃないかという気がします。

自分から積極的に取り組む生徒。
自分が作ったものが、無事完成してうまく動作する瞬間に立ち会えた人。

そんな人が伸びていくんじゃないかな…と感じました。


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そして、困難を自分で解決することができたということと同じぐらい大切なことがありました。

そのときは私は気づいていなかったのですが、今はしっかり分かります。
それは、「さりげない環境」です。

「さりげない環境」とは、本人はよく分かっていないので気づかないけれども、実は使える材料とか部品が隠されていることです。


私はキットをくみ上げた当時、これからどのように改良していけばいいのかと考えていました。なので、「キットの欠点」を改良すれば、その分だけ速くなると思いました。


・もう所有者のいなくなった、過去に全国大会に出場したことのあるマシン。
・いろいろな形で作られていた、旋盤で製作されたホイールの余り。
・放置されたアルミチャネル、アルミ板。
・ほかの人は使っていないけれども、取り替えればちょっとだけ性能が良くなると思われるサーボ。
・キットのシャーシで使われていたユニバーサルプレートの大量の余り。

・そしてそれらが実は存在している事を教えてもらっていないこと。先輩との交流が無く、自分の好きなようにマシンを組み立てることができたこと。製作に関して、“これは駄目だ”と否定されなかったこと。「こんなこともできるよ」というちょっとしたアドバイス。


最初から先生が設計したようなマシンをデーンと出されて、そのマシンを触ってみるより、見た目はそうでもないけれども、実は環境がある程度整っていたということのほうがよほどいいように思います。

あくまでも今まで活動して思ったことではありますが、こう書いてみると、実はちょっとだけ環境に恵まれていたのかなと感じました。


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課題を出されて「これをしなさい」
こうするとこうなるから、こうしなさい。
そういうことをやっても駄目です。意味が無いです。
これをしないと、できません。

ものを用意されて、「これ、やってみな?」
こういうこともできるし、こういうこともやってみないか?
それは、こうできるんじゃないか?
そうやってできるかどうか、やってみれば?


…私だったら後者のほうがやりやすいというか、やる気が出ます。本来、「教えて育てること」って、こういうものじゃないかなと思うのですが。
まだ子供の身分だし、偉そうに言える事ではないと思いますが…。



最近のマイコンカーの状況を見て、感じました。
posted by Tmk at 02:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | MCR・その他
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